日本の社会保障制度に関する議論が全く進まない。政治家の怠慢、官僚たちの傲慢。これらが年金制度の根幹を崩壊させつつある。
まあ批判しても仕方ないので、ちょっとした数字遊び。
現在、国民年金の掛け金は月あたり約15,000円。年間だと、約18万円支払っている勘定だ。現実にはさまざまなバリエーションがあるが、基本モデルとして優等生モデルを使ってみる。20歳になってから年金がもらえるまでの65歳まで45年間、年金をかけてきた真面目な人がいるとすれば、この人は約810万円を支払ってきたことになる。現行制度だと、月に約6万円が支給されるはずなので、年間に72万円を受け取れる。日本人の平均余命は約80歳。とすれば、65歳から80歳までの15年間、年金を受け取るので、合計すれば約1080万円の年金を受け取ることになる。
単純に上記のモデルで考えれば、国民一人当たり平均して270万円ほど、国からお金をもらう感情になるのだ。これが社会保障制度を崩壊させてしまう根本的な原因だ。
つまり、国民一人に対して国家が270万円を支払っていれば、財政が破綻してしまうことは明白だ。だから政府は「年金は掛け金で運用しているのではない」ということをいう。でも根本的には、個人を尊重する現在の政治原理の中では、上記のような計算は必ずしなければならない。
では、どうして帳尻合わせをしようとすればよいのだろうか。受取額を減額するという方法もある。突き当たりの年金受取額を5万円にすれば、掛け金と受け取り総額との間の差額は270万円から90万円にまで減少する。45,000円にすれば同額になる。
でも月45,000円だと、現在の生活保護費よりも低く、さらにはこのようなお金で本当に生活できるのか、という根本的な疑問も生じる。民主党がマニフェストに掲げていた7万円蔵はい欲しいと思うのが、通常の感覚だろう。とすれば、年金受取額の減額というのは、実際のところ現実的な解決策ではない。このような低額になった場合、かえって生活保護が増加し、財政がパンクしてしまうことがありえるからだ。
他の方法として考えられるのは、年金の受け取れる年齢をさらに引き上げて、70歳からにするという方法がある。これだと年金は20歳から70歳までの50年間にわたって支払われ、その総額は900万円になる。支払う時は、70歳から経金余命の80歳までの10年間なので、総額720万円で、国は上記の事例とは逆に国民一人当たり180万円の利益を上げることができる。
この方法の最も難しいのは、日本に根付いて強固なものとなっている定年制度だろう。現在ですら60歳定年が変更されず、年金支給までの5年間の収入に困る人が続出しているのに、それをさらに10年間に延長するためには、定年年齢を70歳に引き上げることを法制度化しなければならない。非常に強い反対が経営者団体から生じるであろう。また若年労働者の職を奪うことにもなりかねず、難しい選択を強いられることにはなる。
上記の遊びのシュミレーションは、官僚たちが年金資金を私物化し、浪費していないという前提なので、現実的なものとはなりえない。すでにグリーンピアで明らかなように年金資金は、厚生省役人の財布としてかなりの部分が使われてしまっている。こうした連中の責任を問わずに、年金制度が破綻するというのは、法治国家としては許すべきことではないのだが、日本国民は本当に官僚たちに寛容な国だ。官僚を許してしまって、表に建っている政治家だけを批判している。しかも批判する政治かたちが、現在の年金制度を創った自民党の政治家ときているのだから、開いた口がふさがらない。寛容な国民でよかったのか悪かったのか・・・・。
年金制度の改革に関しては実は国民の選択に負わなければならないところが多い。中負担・中福祉というのであれば、上記の例で言えば、年金受取額を月45,000円で我慢しなければならないのだ。しかし多くの人は6万円以上欲しいと思っている。これは間違えてはならないが、高福祉なのだ。高福祉を望めば、高負担をしなければならない。当然の理だ。小泉さんはうまく騙してしまったが、騙されたままの国民にも非がある。現在の日本の福祉制度は、中負担・高福祉を実現しようとしているのだ。当然、財政赤字が垂れ流しになる。
責任は、このような制度を構築してきた自民党政権と官僚にあるのだ。民主党政権はバカだから、何も考えずに、いるだけのように思う。これはこれで問題があるが、まず問われなければならないのは、現在のような財政赤字になる制度を構築してきた自民党であり、そうしたモノを提案し甘いアメをなめ続けてきた公務員たちなのだ。
まあ、数字遊びをしていると、面白いことに気づかされることが多い。簡単なシュミレーションをしてみればいい。現行の年金制度がうまく行くと考えている人がいれば、その人は救いのないバカだ。